2022.3.23【小説的思考塾vol.7メモ】番外 エウリピデス『トロイアの女』

【カサンドラの台詞】
自分の国、自分の町を守るためというならばともかくも、このスカマンドロスの河床に、空しく斃れたギリシアの兵士たちは、愛し児の顔も見られず、妻の手に抱かれて葬られる望みも空しく異郷の土となったのです。
あとに残った者たちも、これに劣らぬみじめさで、夫を失った妻は空しく孤閨を守って命を終え、年老いた親たちは、長の年月育てあげた子らの帰る望みも絶え、死んで葬られたとて、供養してくれる者もないという憐れな有様、なんと輝かしい戦果ではありませぬか。
そのほかさまざまの醜いことは、もうお話ししますまい。願わくはムーサの神も、よからぬことは語り給わぬことを。
それに反してトロイア人らは、祖国のために命をささげるというこよない栄誉を得たばかりか、戦いに倒れたものの体は、戦友によってわが家に運ばれ、その役にふさわしい人々の手によって手厚くも葬られ、父祖の眠る土地に憩うことができたのです。
また幸いにも戦いの庭に、死を免れたものたちは、日々を妻子とともに送る喜びに恵まれたのです、ギリシア人らの望んで得られなかった喜びに。