2021/12/2 【小説的思考塾メモ的ひとりごと】

ずいぶん前の朝日新聞の記事。
親から子供への性虐待。
被害を充分に認識している場合でも、「自分が我慢すれば家庭が守れる」と考えて、黙ってしまう子がいる。
しかし「性虐待の事実そのものが、家族機能の破綻を意味している」と。

まさにその通りの指摘だ。あなたの思う「守る」は「壊す」なんだと。だから自分を犠牲にして守る価値はない。
この指摘はとてもフロイト的でもある。行為が意図を裏切り続ける。私はこの指摘はとても動的で好きだ。社会はここに気づいた人によって変わってきた。(A)

でも、現実には破綻した家庭でも「あそこの方がまだマシだった」と思うケースがあるから話は面倒くさい。(B)
いま書かれている小説は、社会的正しさに立って(A)を書くのがほとんどだ。(結局つまらない)
(B)まで書いてなお、情緒的なエンタメ小説にしないやり方はないものか。