11月6日(土)午後5時から7時+α の予定で開催します。
今回は、「死について」。
今はそのことしか考えてない、という時期は脱しましたが、死は死に直面した時にだけ、湧く考えや見える景色があるのです。
芸術を前にしないで芸術を考えても理屈なだけで体と心の揺れ・揺さぶられがない。芸術の核が揺れ・揺さぶられにあるというそれ以上に、死の肝心なところは、まさに揺さぶられている最中にしか見えて来ず、何割かの人は確実にその最中に迷信に嵌ってしまう。
「死は無だ」というのは、じつはとても簡単で、ちょっとわかった風な小学生でもその程度のことは言える。
「死は無だ」というなら、その無とは何か?無とはどういう状態か?無とはゼロや「たんにないこと」を意味しない。無は充満でもある。
それにだいいち私は、死は無だと思ってない。
さらにそこに荒川修作の「死なない」の本義を推測すると、どうなるか?