因果関係や能動性のこと(『文藝別冊 中井久夫』2017年5月)

『徴候・記憶・外傷』(みすず書房)所収の「統合失調症の精神療法——個人的な回顧と展望」という文章(初出は一九八九年)に、精神科医になるに当たって中井氏が自分に課したという条件が八つの項目に整理して書いてある、それを抜き書きしながら私の考えたことを書こうと思う。
【1】治療だけをする。(学者や研究者として患者に接しない、患者を研究対象としない、ということらしい。)
【2】「有害なことをしない」という古来の医師の原則に従おうとした。前進する展望が当面ない場合は現状維持に努めた。【3】科学や原則にこだわらずに、良いとされることは有害性が予見されない限りやってみて、だめならさっとやめる。科学はきわめて限定された力である(傍点部を中井氏は前提としてでなく結論として書いている)。
「因果関係を考えることは、複雑な事象においては、しばしば過度の単純さあるいは端的な誤りに導かれるのを、私は経験していた。私は事象の時間的空間的近接を重視し、それ以上は考えないことにした。」
私はここを読んで「おおっ」と思った、これは私の小説観であり世界観でもある、人はすぐに因果関係によって事象を説明しょうとする、というか教育なのか言語活動にともなう思考の習慣なのかはわからないがまず因果関係を考えてしまう、「×××したのは△△△だったからだ」「△△△だったから×××した」これが小説の骨組みになるのだがそんな単純なことだろうか? 因果関係は事象の説明でなく、事象とは別の模式を文字どおり創作しているだけだ。小説がそんなものなら私はそこに創造性を感じない、「事象の時間的空間的近接」を見つけ出すことの方がずっと創造的ではないか。
同時に、因果関係を考えることは事象を怖厳することにもつながる、因果関係を考えることによって人は神の視点に近づく、そのようなっもりはまったくなくても因果関係を考えることにはそのような視点が内在されている、だからカフカにもべケットにも小島信夫にも作品を統御する因果関係は働かない、事は近接、近接で進み、全貌はほとんどわからない(だからカフカ、ベヶケット、小島信夫の三者を手際よく俯瞰的に語る人は最初から間違っている)。
「何もよい策がない時には何もしないことにした。」「観察の精度をある程度下げずに時には何年も待ち続けることには多少の努力と自己激励が必要であった。」
時に何もせず観察の精度を維持することについて、わざわざ努力と自己激励が必要であったと書いている。『ゴドーを待ちながら』が世界を驚かせたのは主体的な意志や意欲がそこになかったからだ、ひじょうに大ざっぱな哲学の流れを言うなら第二次世界大戦のホロコーストによって人間の主体的な振る舞いそれ自体を人は疑うようになった、しかし現実の場面で主体的な振る舞いを疑う人は稀で文学の中でさえも決断や果敢な行動が期待されつづけてきた、というか作品を創るというのもまた現実の中で作者にとっては能動的な行為だから作者は作品の中に能動性や主体性をどうしても反映させてしまう、創ることが能動的行為だからそこに能動性を反映させないということは何と言えばいいか起源的矛盾を孕むことなのかもしれない、ベケットの本当の驚きはそこだ。
「ゴドーとは何を意味するのか?」という問いは論外として、能動的(主体的)行為からいかに能動性(主体性)をなくすか? 能動的(主体的)行為をいかに非能動的(非主体的)にするか? これが「疲れ果てた状態に自分を置いて書く」ことをしたカフカにもべケットにも小島信夫にも共通したことで、治療という能動的と思われがちな行為から可能なかぎり能動性や主体性をなくしていった、これが中井氏が努力と自己激励をもってしたことだと思う。(私はさっきから「多少の」という一語をこれは中井氏の謙遜だと思うから外している。)
よく人はその人に対する最大級の賛辞として「ラインホルト・メスナーは登山家でなく思想家だ」「野口晴哉は整体師でなく思想家だ」という風に言う、中井久夫氏についても「精神科医でなく思想家だ」「臨床医でなく思想家だ」と言いたくなるが、ここまで書けば気がつくのは「精神科医であることが思想家」「臨床医であることが思想家」ということだ。人間の思考というのは動物の延長として、ということは起源として、事態に対処することだ、事態から世界像を導き出すというのは起源にもとづいた思考ではないと私は最近感じている、そのつどそのつど対処できることをする/あるいはしないことを選ぶその思考の積み重ね(この言葉は適切だろうか?)それ自体を私は思想と呼びたい。
「彼は×××でなく思想家だ」と言われる人たちはみんなそういう、世界像へと離陸しないで事態への対処につねに立ち返った人たちだと私は思う。(私はいま中井久夫という名を借りて倣慢になっているかもしれない。)業績や成果を挙げてその人を評価するのが現代の主流だが、私は成果に至った過程に強く惹かれる。
【4】何事についても自分ができないことを患者に要求しない。通常の人間に稀にしか起こらないほどの完全性に到達することを目指さない。
【5】指導ということはなるべくしないようにして、患者が何を求めているかをまず知ろうとした。「指導は、しばしば、患者の意向を分からなくさせる、と私は考えた。」「私は、私のわからないことは、やがて対象が教えてくれるだろうという楽観主義を取ることにしたのである。」
【4】【5】は【1】から【3】までのところで私が考えたことを繰り返し言っているように思うのは、私が事態への対処を離れてこれを読んでいるからだろう。私は現実の場面で考えなければならないことまでは想像できていない、ということだと思う。
【6】当分は、効率というものを考えないことにした。
【7】統合失調症という病気にも一定の経過の法則があると仮定した。
【6】で「すぐにグラフ用紙を持ち出して何らかの傾向性を発見することに努めた」「友人の歴史学者の「年表が書ければしめたものだ」という一句に啓発された」とあり、経過の法則や年表は因果関係と同じでないことが示唆されている。これは私はわかるというのはおこがましいが、私がそうなのだ、私は年月日を自然に憶えているから年表的羅列はよくする、しかし因果関係を説明されるのは嫌だ、その説明はとても雑に感じられる。
【8】特別患者をつくらないことにした。「統合失調症だけ診ることはせず、私は患者の無選択をできるだけ実行しようと努めた。」

以上。中井氏の書き方は全体として断言や強調を避けているのに私はつい強い書き方をしてしまったと感じる。ここまで書いて、ヴァレリー『ムッシュー・テスト』(清水徹訳)の序に、
「つまり、一般に結果なるものは、——したがって作品は——作り手のエネルギーにくらべれば、わたしにとってはるかに重要度の低いものであり、——そのエネルギーのほうこそが作り手ののぞむものの実質をなしていた。」
という一節があることに気がついた。