2022.4.12【小説的思考塾vol.7メモ】その12 ナチス問題

私がものすごく影響受けたハイデガーの考え方は、
わずか1語であっても、言葉はその言葉が属する体系(つまり世界観や偏見)を反映している。
という考えで、これはほぼそのままフーコーの権力論になった。

これはエビデンス的に証明するのはなかなか難しい、というか、ほとんどの人はそこを理解しない。
ハイデガーがナチスにどれだけ加担したかという問題は、その次元の話で、実際に何をしたのかより本質的なところで親和性がある。

では、どうすればいいのか?
いや、「する」という能動性も捨てて、どうならいいのか?
それがベケットで、しかもそれより前のカフカの断片にある、行き倒れて起きようとしない人間で、
さらにもっと前の、メルヴィルのバートルビーなのではないのか?

👉TEXTに掲出にこちらも関連します。
http://hosakakazushi.com/?p=739
これを書いた時点では、私はメルヴィルは『白鯨』をかつて一度読んだきりだった。メルヴィルは第1作の『タイピー』からすでに、既成の小説の形式にとらわれていない。『白鯨』も一般に言われるような「善と悪の闘い」ではないし、『バートルビー』は汲めども尽きぬ現代性がある。