2022/02/06 小説的思考塾 vol.6 資料

【小説的思考塾vol.6 資料1】『サンタリ民話集』

七人の兄弟がその妹を食べようとして殺す。一番思いやりのある末の弟だけが、妹の死体を食べる気にはなれず、分け前の肉を土に埋める。
それからしばらくして、一本の美しい竹がその場所に生えてくる。そこを通りかかった男が、その竹を見かけ、それを伐ってヴァイオリンを作ろうと思う。ところが、彼が斧で竹に伐りつけると、叫び声がきこえる。
「やめて!やめて!そんな高いところでなく、もっと下のほうを伐って!」
そこでかれは竹の根もとに伐りつけると、また声がきこえる。
「やめて!そんな下を伐らないで。もっと上を伐って」
また二度ほど叫び声がきこえたが、ついに竹は斧で伐りたおされた。男はそれでヴァイオリンを作って、すばらしい演奏をした。「少女がその中に入っていたからである」。
ある日、その少女はヴァイオリンから出て、その音楽家の妻となった—— そして彼女の兄たちは、大地に呑みこまれてしまった。

【小説的思考塾vol.6 資料2】カフカ『城』村に着いた翌朝の散歩

それに、はてしなくつづく村の長さにもおどろかされた。行けども行けども、小さな家と凍てついた窓ガラスがあらわれ、あたり一面は雪で、猫の子一匹いなかった。
しかし、さすがのKも、このまといついて離れないような道からついに身をもぎはなした。すると、細い小道にはいった。ここは、さらに雪が深くて、めりこむ足を引きぬくだけでも、大仕事であった。汗がどっと吹きだした。突然、彼は、立ちどまって、もうそれ以上歩けなくなった。
もちろん、人家もないところにいたわけではなかった。右にも左にも、小さな百姓家がならんでいた。彼は、雪の玉をこしらえると、一軒の家の窓にむかって投げつけた。すぐに戸口があけられた。この村の道を歩きだしてから、これが最初にあいた戸口だった。褐色の上着を着た年寄りの百姓がひとり、頭を横にかしげて、親切そうだが、いかにも頼りなげに戸口のところに立っていた。
Kは、言った。「しばらく入れてもらえませんか。とても疲れているんでね」
彼は、老人の言ったことがまったく聞きとれなかったが、一枚の板がさしだされたのをありがたく受けとった。板のおかげで、すぐに雪のなかから救いだされて、二、三歩あるくと、すでに部屋のなかに立っていた。
大きな部屋で、薄暗がりにつつまれていた。外からはいってくると、最初はなにも見えなかった。Kは、洗濯桶につまずいてよろけたが、だれか女の手が、引きとめてくれた。片隅から、しきりにわめく子供の声がした。べつの隅からは、煙がもうもうと渦をまいて、薄暗がりを闇にした。Kは、まるで雲のなかに立っているみたいだった。
「これは、酔っばらいだよ」と、だれかが言った。
「だれかね、あんたは」と、主人らしい声がどなったが、あとはおそらく先ほどの老人に言っているのであろうが、「なぜまたこの男を入れてやったのだ。通りをうろつきまわっているやつなら、だれでも入れてよいものかね」
「わたしは、伯爵さまの測量師です」と、Kは言って、あいかわらず姿の見えない男にむかってなんとか弁明をしようとした。
「ああ、測量師さんなの」と、女の声が言った。すると、みんなおしだまってしまった。
「わたしのことをご存じなのですか」Kは、たずねた。
「そのとおりよ」と、おなじ声が、あいかわらず簡単に答えた。どうやら自分を知ってくれているということも、彼の立場をとりなしてはくれないようだった。
やっとのことで、煙がいくらかおさまり、しだいに勝手がわかるようになった。大洗濯の日であるらしかった。戸口の近くで、下着類を洗っていた。しかし、煙の出所は、べつの片隅で、そこには、まだ見たこともないほど大きな木の盥——おそらくベッドふたつ分ぐらいの大きさであろう——があって、湯気をたてている湯のなかで、ふたりの男が風呂をつかっていた。
しかし、それよりもまだびっくりさせられたのは、なにが驚くべきことかははっきりとはわからないのだけれども、右手の隅であった。部屋の奥の壁にあるただひとつの大きな明りとりの窓から、おそらく中庭からであろうが、青白い雪あかりがさしこんできて、隅の奥まったところにある高い安楽椅子に疲れきった様子でほとんど身を横にしている女の衣服に、まるで絹のような光沢をあたえていた。女は、乳飲児を胸にかかえていた。(新潮文庫、前田敬作訳)