2021/12/19【小説的思考塾的メモ】時間・私・主体

BSの「ヒューマニエンス」の〈時間〉の話が面白かった(12/20 23:45から再放送あり)。
陸上400mハードルの選手だった為末大が、けっこうそのつどいいこと言う。(為末はEテレの宗教の番組にも出てた)

人間には0.1秒が知覚の最小単位であるらしい。それ以下は「同時」ということになる。そしたら為末が「卓球はもうその限界を超えてますから、最近の指導では『球をよく見ろ』でなく、『ぼんやり見ろ』と」。
〈私〉〈主体(主体性)〉〈意志〉の意味は確実に変わってきてる。

話は飛躍するようだが、〈私〉〈主体〉〈意志〉が古典的な意味では無力になり、それを、自分が存在することの否定とか侮辱と解釈する人が、登場人物を大事にしない小説を書くのではないか? 小説・文学・芸術には、さらにその先の〈肯定〉が必要だ。(もともと否定じゃないし。)