私は夢見られた【中編】(『小説、世界の奏でる音楽』6)

しかしそれは矛盾ではないのか? 言葉の操作においてはそのようなことが表現できるけれど、それはあくまでも言葉の操作の範囲内においてのみ可能なことなのではないか? というのが私が「眉唾物」と感じたところなのだったが、『龍樹』をただ読むだけではなくて曲がりなりにもこのように要点を書き出してみると頭の中の整理がついて、眉唾物ではないという気持ちにいまは変わっている。
 仏教の論理体系をただ言葉の操作によって生まれたものだとするなら眉唾物でしかない。それはものすごく息苦しい。バートランド・ラッセルの哲学と共通した独善性を感じる。思想という行為が自分の持っている明晰な道具であるところの言葉に信を置いてそれを疑わずにいるところに、私はひとりよがりな人間が滔々と自説を並べ立てるような不快さを感じる(私はその人を論破できないけれど)。
 言葉というのはものすごく不完全な道具でしかない。世界や人間の肉体の脈搏つ感じを言葉は全然再現できない。
 言葉がもし何かを完璧に再現することができるというのなら、言葉は言葉だけでレンブラントの『夜警』を見たことのない人にそれを伝えて、それを聞いた人が同じ絵を描けなければならない。言葉が完璧な道具だったら、絵の具の色調も筆のタッチも完璧に言葉で、言葉だけで再現できるはずだ。
 同様にベートーベンの『交響曲第九番』だってアルバート・アイラーの『ゴースト』だって聞いたことのない人にきっちりと伝えることができなければならない。
 もちろんそんなことは全然できないわけで、その再現できない部分はそのまま言葉が世界に対して無力な部分と考えたってかまわないのではないか。「音符だって言語の一つだ」と言ってみたところで、音符さえあればパブロ・カザルスと同じチェロの音を出せるわけではない。演奏者の出す音や画家の筆のタッチは、その人の肉体の骨格や運動性の反映であって、そこには言葉は到達しきれない。
 言葉がそういうものだということがわかっていれば思考についても、言葉だけで組み立てることが思考の完全性を意味しないことになるはずだ。人間の思考は必ず何らかの物や動きや現象からイメージというか思考のための素材を借りてこなければならないようにできているが、人間は素材として借りてきた物や動きや現象を完全に把握できているわけではないのだから。
 しかし言葉を道具として使う側の人間が言葉を世界と対照させるつもりがなかったら言葉は万能のように見えてくるだろう。私が〝世界五分前仮説〟を息苦しくてたまらないと感じる原因はそこにある。
 それに対して仏教の論理は、仏教という営為の全体に対して一部でしかない。仏教の中心は修行だ。『中論』が否定文ばかりで書かれているとしても――しかし実際には肯定文もちゃんと書かれているのだが、肯定文は否定文のようにはおもしろくないのだ――、その外に修行というもっとずっと大きな営みが広がっている。
 ……なんか違うな。これではすっきりしすぎていて、私がまるで仏教思想を理解しているように見えてしまう。というか、私自身いま一瞬理解したつもりになってこんな書き方をしてしまったみたいだ。理解できてるはずなんか全然ないのに。

 私は『龍樹』を途中まで読み進めてきて、しばらく全体の見通しを見失って退屈しはじめていた。そのとき、『チャパーエフと空虚』という本が届いた。著者はヴィクトル・ペレーヴィン。一九六二年モスクワ生まれ。本を開くとまずこういうエピグラフが書かれている。(三浦岳訳、群像社、傍点は現訳文)

馬の顔や人の顔、わが意志によって引き起こされた果てしなき生の奔流、そして深紅の夕焼けのもと、どこへともなく過ぎていく草原を眺めながらよく考える。「私はこの流れのどこにあるのか?」
                 ――チンギス・ハン

 そして次に「はしがき」。
「一九二〇年代前半に内モンゴルのある僧院で書かれたこの原稿の真の作者の名は……」
 僧院?『龍樹』を読んでいたところにこういう言葉が書かれている小説が届くという偶然がまずうれしい。私は偶然うまくいったり、偶然誰かと出会ったりすることが大好き、というか、偶然による力を信用しているのだ。「はしがき」から私の注意を惹いた言葉を拾い出す。
「作者みずからによって記された本原稿の区分についての定義――自由な思考の特別な飛翔――も冗談と取るのが明らかに妥当であり、」
「作者によって語られる物語は精神活動の記録として興味深く、同時に疑いなく芸術的価値も備えてはいるが、ときに一見議論の余地のなさそうな問題について議論を買って出ることはあるにせよ、それ以上のことはいかなる意味においても意図されてはいない。」
「いきぶん熱病的な語り口なのは、このテキストの記述の目的が「文学作品」の創造にあるのではなく、内面世界と称されるものを完全に克服するための意識の機械的なサイクルの記録にあるからである。」
「作者は二、三の場面において、読者に言葉で築いた幻影を見せるのではなく、読者自身の理性に直接訴えようともしている――残念なことにその方法はこうした試みを成功させるには素朴に過ぎているが。」
「文学研究者は本書の語りのなかに昨今流行の批評的独我論の一類型を見出すに過ぎないかもしれない。だがこの文書の真の価値は、世界文化史上はじめて古代モンゴルの「永劫不回帰」の神話を芸術的手段によって表現しようとしたことにある。」
 人それぞれ好みがあるから「嫌だ」と言われればそれまでだが、私はこういう風に大上段に構えつつもきちんと冗談の余地を残している言い方が大好きなのだ。
「熱病的」に語りつつもそれを醒めた目で見ている書き手がきちんと存在しているという構造は、妙に自嘲的になると最悪だがはまれば絶対におもしろく、実際この『チャパーエフと空虚』はその構造に成功している。

 結論から言ってしまえばこの小説はとにかくおもしろかった。おもしろすぎて私はこの小説について何か書くことができるのか自信がない。
 私はいままでこの連載で、小島信夫の何作かを取り上げたり、カフカについてあちこちで触れたり、レーモン・ルーセルの『アフリカの印象』と『ロクス・ソルス』を取り上げたり、岡田利規の『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を取り上げたりしてきたけれど、どれもすべての人にとっておもしろいわけではないという前提があったから、ふつうに思われているおもしろさの質を問うことを入口にすれば書きはじめることができた。
 しかし『チャパーエフと空虚』はひじょうに冒険的な書き方をしている小説であるにもかかわらず文句なくおもしろい。つまり読者としてあらためて身がまえ たりしなくてけっこう受け身の態勢でぼんやり読んでいても、作品の方からきちんとおもしろさを与えてくれる。

 まず、この小説の主人公は「僕」であり、社会主義革命以後の一九一八年から二二年にかけてロシアでつづいていた赤軍(ソヴィエト政権軍)と白軍(諸外国に支援された反革命軍)との内戦時代に、「僕」がトヴェーリ並木通りを二年ぶりに歩いているところから第1章がはじまる。
「僕」はそこで学校時代の同級生に偶然出会い、彼の部屋に誘われるままついていく。しかし彼はチェーカー(秘密警察)であり、反革命を理由に「僕」を連行しようとする。「僕」は抵抗し、彼は「僕」のコートから押収したリボルバーを撃つが弾は外れ、「僕」は彼を絞め殺す。その後、彼の部屋で彼が持っていた、「僕」はあまり好きではないコカインなどをやっていると、水兵の服を着た同志の二人組がコカインの缶を受け取りがてら彼を迎えにくる。二人組は「僕」を彼と間違い、「僕」は彼になりすまして文学キャバレーで開かれている集会に参加する。そこでは全員が麻薬をやっているようだ。「僕」は促されるままに壇上にあがって「革命軍事ソネット」という詩を朗読し、最後にシャンデリアに向けてモーゼルを発砲すると、ホールのあちこちで銃声が響き大騒ぎになる。騒ぎが静まったあと「僕」は二人組と一緒に車に乗りこみ、そこですぐに眠りこみ、再び目を覚ますと二人組は女を一人調達し、「僕」を車に残して出ていく。
 そして第1章の最後の段落。

 ふと僕は、激しい孤独感と寄る辺ない寂しさに襲われた。この氷の世界では、だれもが僕をチェーカーに送ろうとしたり、邪悪な言葉の魔手で魂を惑わせることに懸命だ。明日の朝……明日の朝僕は、みずからの額に銃弾を撃ちこむことになる。無意識の闇に落ちこむ前に最後に見えたのは、雪をかぶった道路沿いの柵だった。車が道を曲がったとき、その柵は窓のすぐそばに立っていた。

 つづく第2章はこうはじまる。

 正確には、柵は窓のそばに立っていたのではなく、窓に付いていた。より正確に言えば、柵が付いていたのは窓ではなく明かり取りだった。そこから入る細い陽の光がまっすぐ顔を射していたので、僕は顔を背けようとした。だが、うまくいかなかった――仰向けになるために床に手をつこうとしたところ、手が自由にならないことがわかった。僕は経帷子[きょうかたびら]のような服を着せられ、その長い袖を背中で結ばれていた。たしかこういう服は、拘束服と呼んだように思う。

 読者はここで、主人公「僕」がいるのが精神病院で、第1章の出来事は「僕」の妄想だったのだろうと予想するだろう。しかし「僕」はひるまない。話はこうつづいていく。

 起こったことについて、疑問の予知はなかった。水兵たちは僕の態度に不審なものを見出して、寝ているあいだにチェーカーの本部まで連れてきたのだ。
(略)
 現れたのは、ジェルブノフとバルボリンだった(同志二人組の名前)。だが、なんという恰好だろう! ふたりとも白衣に身を包み、バルボリンのポケットには本物の聴診器さえのぞいている。耐えきれず笑いの発作がこみあげたが、のどがコカインでやられていたので、かすれた咳のような音が口から漏れることになった。手前に立っていたバルボリンがふりかえり、何ごとかジェルブノフにささやいた。僕は即座に笑いを止めた。殴られる気がしたのだ。
(略)
「おわかりでしょうが、あなたがたも早晩殺[や]られますよ。だから死には敬意を払って――僕の死に対してでなければ、せめてご自身の死への敬意という意味でも――侮辱抜きで速やかにやっていただきたい。いずれにしろお教えできることなんてないんです。ご覧のとおり僕は一民間人にすぎませんし……」
「何だって?」にやにやしながらジェルブノフがさえぎった。「昨日はそうは言ってなかったけどな。あの詩は最高だったじゃないか。ちょっとぐらい覚えてないのか?」
 彼の話し方はどこか不安定で、何とも言えず奇妙だった。朝からバルチック・ティーでもひっかけてきたにちがいない。
「記憶力には自信がありますから」と僕は言い、目をまっすぐに見返した。

「バルチック・ティー」というのは第1章でジェルブノフとバルボリンが飲んでいたコカインを溶かしたウォッカのことだ。
「僕」が精神病院の中にいることははっきりしている。作品のそういう仕掛けを書いてしまうことを最近では「ネタバレ」と言い、インターネットのブログからはじまったのか、作品の仕掛けを書評や解説で書いてしまうときにはその前に「以下ネタバレあり」などと、ネタバレを読みたくない読者に向けて注意を促すフレーズを書くのがだんだんあたり前になってきているが、この小説はいくらネタバレを書いてもこれから読む人にとって作品の魅力がそがれたりしない。だから、「僕」が精神病院にいることが事前に読者に知られてしまっていてもいっこうにかまわない。この小説はそういう事前の情報から生まれる読者の予断のはるか上空を疾走してゆく。
 私は現役の小説家だ。最近は小説らしい小説をひとつも書いていないがとにかく現役の小説家で、現役の小説家として他の人の書いている小説の手の内はほとんど全部わかるし、それをやろうと思えば自分にやれないとは思わない。実際にやるやらないは別にして。
 ほぼすべての小説にあてはまることだが、あることをしようとするためにはしないで済ませた別のあることがある。あるいはひじょうに高い達成に向かって小説が走り出した場合には、作者がその手応えに酔ったり、達成に向かってある集中をするためにひじょうにありふれた文学的な方法を避けがたくつい使ってしまったりしているのもわかる。もちろんこれから起こる事件をにおわせて、読者の興味を煽る書き方なんか簡単にわかる(これがまた避けがたいほど多いのだ)。
 私は正直者だからこんなことを書いてしまうが、他の人たちだってたいていみんなそういう風なことは考えているわけで、「こういうことは自分にはできない」と本当に感じたときに脱帽する。
 私はこの『チャパーエフと空虚』には心から脱帽した。
 巻末にある作者ヴィクトル・ペレーヴィンについての説明にはこういうことが書かれている。
 「一九六二年、モスクワ生まれ。二十世紀末のロシアで新進作家として登場して以来、絶大な人気を誇り、国外からも熱い注目を浴びつづけている現代作家。発表される作品はいずれもベストセラーを記録し、「ロシアの村上春樹」ともいわれる。一九九一年に出版された最初の短編集『青い火影』は数日間で完売、ロシアで最も権威ある文学賞ロシア・ブッカー賞で異例の受賞をはたした。(以下略)」
 「ロシアの村上春樹」といわれるくらい村上春樹は世界中で売れているということだろうが、それはともかくこういう小説がベストセラーになるロシアという国はなんといい国かと思う(どれくらいの部数でベストセラーになるのか、その規模はわからないが)。
 で、ヴィクトル・ペレーヴィンを調べると、既に三冊の邦訳が出版されているではないか! 最初の短編集『青い火影』の全五部中の前半の二部までを訳した『眠れ』(群像社 一九九六年)、九三年出版の『虫の生活』(同 九七年)、二〇〇五年出版の『恐怖の兜』(角川書店 二〇〇六年)。私は全然知らなかった。
 で、三冊を購入して読み出したのだが、どれもまたたく間に惹きこまれてしまう。しかしそれらを読んでしまったら私は収拾がつかなくなって、この『チャパーエフと空虚』についてさえも何か書くどころではなくなってしまうだろう。全部の本のおもしろかった箇所を抜き出して、こことこことこことここ。といってこの連作の一回分を済ませてしまうという荒技もないではないが、うーん。
 しかし、もしかしていま私は特別、小説に対して敏感で――そうだとしたらとりもなおさず『小説をめぐって』の連載の賜物だ――、ほとんどすべての小説がおもしろくなっているのかもしれない。
 と思っているところにちょうど、ミシェル・ウエルベックの『ある島の可能性』の邦訳が出版された。ウエルベックは一年くらい前に『素粒子』を読み出して、最初はおもしろくてぐんぐん進んだのだが半分くらいまで来たところで急にうんざりしてそこでやめてしまっていた。ちょうどその頃、たまに会う某氏と話をしたら彼のイチ押しがウエルベックだった。
「『素粒子』途中でやめちゃった。」
「そうかなあ。じゃあ『プラットフォーム』読んでみてよ。」
 結局『プラットフォーム』は買わないままだったのだが、「文学界」の五月号で『ある島の可能性』の出版にひっかけた鼎談も掲載されていたので(読まなかったけど)、『チャパーエフと空虚』と比べるためにも読まなきゃいけないかなと思っていたところ、先の某氏が書いた『ある島の可能性』の書評が某誌に載っていて、彼は、
 「この世界や人間を心底から憎んだり、嫌いになったことがない人は、だから、読んでもあまり面白くないでしょう。」
 と書いている。
 この言い方はずるいちおうか卑怯だ。自分の感じ方や経験に信を置いて、それを特別なものとして、それだけを根拠にしているようにしか聞こえない。
 が、いちおう『ある島の可能性』と『プラットフォーム』と『闘争領域の拡大』を買って、『プラットフォーム』を読み出したら、
「一年前、父が死んだ。人は親の死によってほんとうの意味で大人になるというが、僕はそんなセオリーを信じない。人は絶対にほんとうの意味で大人になんてならない。」(中村佳子訳、角川書店 傍点原訳文)
 なんて、父(と自分)のことからはじまる。やっぱりそうじゃないか。ウエルベックもまた某氏と同じように、自分の感じ方や経験を特別なものと思い、いま自分が感じている自我のサイズを疑っていない。当然、それを変えようとか変える必要があるかと思ってもいない。
 だからもう『ある島の可能性』はページを開けもしていないのだが、そしたらタイミングよくまた某氏と道で会った。つまり彼と私は駅一つ離れているだけなのだ。
 私は彼に思うところを言った。しかし私の話はどういうわけかなかなか彼に通じない。そしてそのうちに彼は、
 「だって、自分が死んだあとに世界があるかどうかなんてわからないんだから。」
 と言うのだった。まるで出来の悪い小説のように都合よく理屈のつじつまが合いすぎるのだが本当に彼はそう言ったのだ。こんなにつじつまが合う話は何かの論拠や例証になるだろうか。
 「中学生みたいなこと言うなあ。」私は言った。それともバートランド・ラッセルか。
 世界を肯定すること。世界につくこと。それは自我を相対化することとパラレルな関係にある。それは間違いない。

 『チャパーエフと空虚』で「僕」はほどなくチムール・チムーロヴィチなる医者から薬を注射される(「医者」とは明言してないが)。チムーロヴィチは注射に先立って言う。
 「簡単に言うと、これは回復に向けての患者たちの共同戦線です。あなたの抱えている問題が、少しのあいだ他人との共有物になると想像してみてください。つまり参加者たちは、セラピーのあいだ、あなたの境遇を共有することになる。あなたとひとつになるんです。(略)セラピーが終わった際、反作用的な効果が得られるんです。ついさっきまで現実のものとして苦しめられていた状況から、みんなで一斉に脱出できる。群集心理の医学的応用とでも言いましょうか。参加者たちはセラピーのあいだしばらく、あなたの考え、あなたの気分を共有します。しかしセラピーが終わるなり彼らは各々の偏執の世界にもどり、あなたはまたひとりにもどる。そしてその瞬間にこそ――もし意識を覆う病理的な精神世界がうまくカタルシスを迎えれば――患者は事故の観念の異常さを相対化して、そこから抜け出すことができる。こうなるともう回復したも同然です」

 それに対して「僕」は――。

 話の意味はほとんどわからなかった――仮にそんなものがあったとすればだが。それでも何かが意識の網にかかった。しかし注射の効果がしだいに増してきていた。目はほとんど見えず、体は感覚を失い、意識は重く鈍い無関心の闇に沈みつづけている。最も不快なのは、そうした感覚をおぼえているのが自分ではなく、薬が生んだほかの人格であるかのように感じられることだ。このもうひとりの人格のほうなら、本当にこの薬で病気が治るかもしれないという考えが浮かんでぞっとした。

 傍線部の鮮やかさがすごい。
 小説というのは書けば書けてしまう。しかし誰かが書くまでは書けるとは誰も思いもしなかったことがある。私たちが住んでいる論理体系がきっとそれを書くことを思いつかせないようにしている。仮りに思いついたとしてもそれを書くに至る手順がものすごく煩雑であるかのように感じられ、ほとんどの場合、理由を書いてみたり全体の情景や空間を書いたうえでそのどこかに歪ませる(または飛躍させる)因子を紛れ込ませておこうとしたりしてしまう。しかし、だからシンプルにぽんと書けばいいかと言うと、その手の素朴さは文学としての素朴であって、ほとんどの場合くさくてしらけることになる。
 「文藝」夏号の高橋源一郎との対談でも言ったことだが、川上弘美の『真鶴』は、
 「歩いていると、ついてくるものがあった。」
 と、小説の一行目でいきなり書いていままで誰も書かなかった存在をあらしめている。
 あるいは前回書いたように、岡田利規『わたしたちに許された特別な時間の終わり』の『わたしの場所の複数』では、「わたし」と言い争いをして部屋を出ていった夫について、「それから夫は、そこからいちばん近いコンビニまで歩いた。
 坂を下りきらなくても、大通りに出る少し手前にもコンビニはあった。
 反対に坂をのぼっていっても、お店のようなものは何もなかった。上がって行くとすぐのところに郵便ポストがあった。」
 と、「わたし」の視界にいない夫の行動を三人称小説のように書いて、そのように書けば書けるということを私たちに示している。
 川上弘美も岡田利規も書くことによって私たちが住んでいる論理体系だけが唯一絶対のものではないことを示し、それは当然の流れとして自我の境界を緩めたり、自我のある場所を変えたりすることへと向かっている。

 ほどなく「僕」に薬が作用しはじめる。

言葉とともにぼんやりとした映像が浮かびはじめたのだ。靄[もや]に包まれた土手を女が歩いている。いかつい肩で、女装した男のようにさえ見える。僕は彼女の名がマリアであることを知っている。そして僕は彼女を見ると同時に、彼女の目で世界を見ることができた。次の瞬間、彼女の考えや感情もすべて体験できることがわかった。

 というわけで、このあと「僕」は消えて、マリアという三人称を主人公にした幻覚の世界がしばらく続くことになる。そこにはアーノルド・シュワルツェネッガーが登場する。あれ? あれ? と思って「はしがき」をもう一度見るとそこには「一九三〇年代前半に内モンゴルのある僧院で書かれたこの原稿……」と書かれているではないか。つまりそれも嘘で、主人公の「僕」は現代に生きていたというわけだった。
 小説はどんどん加速してゆく。そして九四ページにいたってついに表題にその名が出ているチャパーエフが登場する。チャパーエフは赤軍の将校だ。訳者の解説によるとチャパーエフは実在した人物なのだが、小説や映画になり、その映画からさらにチャパーエフ像がひとり歩きして、一九六〇年代以降無数のナンセンス小説がロシアの人々のあいだで語られつづけているそうだ。日本でいえば、宮本武蔵か西郷隆盛か? いや長嶋茂雄が最もふさわしいのではないか。
 アメリカに行ってマクドナルドを見つけて、
「マクドナルドはアメリカにも進出しているんだ。」
 と言ったとか、ファンから「僕は長嶋さんと誕生日が一緒なんですよ」と言われて、
「で、あなたの誕生日はいつなんですか?」
 と言ったとか。
 しかし私が一番好きな長嶋の話は、阪神の掛布がスランプだったときに掛布の自宅に長嶋から電話がかかって、
「掛布くーん、いまちょっとスランプみたいですねー。ちょっと素振りしてみてくれる?」
「え? いまですか?」
「そうですよー。いまです。」
 と言われて、掛布が受話器を置いて素振りをはじめたという話。で、掛布が何回か素振りをして電話にもどると、
「三回目のがよかったねー。もう一度思い出してやってみてくれる?」
 と言ったというのだ。私はこの話を信じるし、長嶋茂雄という人はそれくらいの人であったと思いたい。その夜を境いに掛布がスランプを脱出したのは言うまでもない(きっと)。
 本書のチャパーエフは長嶋のように馬鹿馬鹿しいわけではなく、冗談っぽくていかがわしい。彼は赤軍の将校として「僕」を重要なポストに任命し、「僕」はチャパーエフと行動をともにすることになる。群衆の前でチャパーエフが演説して大喝采を浴びたあとのこと、「僕」はチャパーエフに訊く。

「(略)そういえば、庇護の檄って、あれはどういう意味なんです?」
「何だって?」チャパーエフは眉をひそめた。
「庇護の檄」
「そんな言葉、いったいどこで聞いたんだね」
「僕の耳がおかしいのでなければ、さっきまでご自身が演壇で指揮官としての『庇護の檄』を飛ばされていたようですが」
「ああ、そういうことか」チャパーエフは頬をゆるめた。「いいかね、ピョートル君(「僕」のこと)。大衆に語りかけるときは、自分で言ってることを自分がわかっているかどうかなんてどうでもいい。大事なのは、自分以外の人間が理解しているかどうかだ。つまり、彼らの期待を映し返してやれればそれでいい。人によってはそのために大衆が話す言葉を研究するらしいが、わしは何事も直にやるたちでね。だから、もしあなたが『庇護の檄』の意味を知りたいのなら、わしに訊くよりも、いま広場にいる連中に訊いたほうがいい」