小島信夫『小説作法』中公文庫解説

 私が小島信夫の文章とその人本人から教わったことはいろいろあるが、そのひとつは、「書き方に決まりはない」ということ、その延長として「論じ方に型はいらない」「論じるときに論者は一般の読者以上にわかっている必要はない。だから、わかったように書かなくていい。」

 この本自体の解説めいたことを書く以前に、もしかして初めて小島信夫に接した人がいたら、まず知っていてほしい小島信夫さんの言葉がいくつかある。
「著者が面白いと思って書いたそこがつまらない」または、
「みんなが面白いと言って世に流通しているそこがつまらない」。【どちらも「そこ」に傍点】
 もう一つ、デビューしてわりとすぐの頃、小島さんと会って話しているときに、芥川賞とかの文学賞がたいして面白くない候補作の方に行ってしまいがちなのはどうしてなのか質問したら、こういう答えが返ってきた、
「選考委員は選考委員になって読んでしまうんですよ。作家でも評論家でもなく、一読者でもなくなって、選考委員になって読んでしまうんですよ」。
 書き出したらキリがないが、もう一つだけ、
「小説は小説家にしかわからないんですよ。評論家も編集者も小説をわかってないんですよ。」
 これを評論家や編集者は自分たちに対する批判と受け止めたんだが小島さんが私にこう言った真意は、
「小説は小説家にしかわからない。だから小説家は評論家や編集者の意見に頼らず、自分で考えるしかない。小説家は孤独なんだ」だ。
 小島さんは自分の文章や性格のことを、嘆きつつ食ってかかると、この本に収録された文章の中で書いている。このまま、このとおりに書いているわけではないし、文脈も違うんだが、意味はそういうことだ。「小説は小説家にしかわからない」発言も、その気持ちで受け止めてほしい。
 この言葉を聞いて小説を書いている人たちはみんな気持ちが楽になったはずだ。小説を実際に書かない人たちはそのこともわかってほしい。「自分で考えろ」「孤独に耐えろ」という言葉からさえ気持ちが楽になるほど、小説家はまわりからの音に晒されていて、気持ちが揺れる、もっと言えばいちいち動揺する。
 小島さんには評論家や編集者を批判するような心の余裕はない。いつでももっと切迫詰まっている。そこがなんと言っても面白い。これが時代を超えて響き合うし、若い人たちにほど響く。私はもう若いとは言えないがまわりの若い人たちはそうだし、私も若さや青臭さや未熟さがあるから小島信夫が響く。

 この本はこれまで単行本に未収録の文章を集めたものだそうだ。私は後半の語りが断然面白い。前半にある「小説の新しさ」は面白くない。新しさというものが古いのだ。これはもうだいぶ前から、新しさは古臭いのだがみんな気がついてない。だからこの本の編集者もうっかり「小説の新しさ」なんて言ってしまった。
 新しいことがそのまま価値になったのは、十九世紀末あたりから二十世紀半ばくらいまでのことだったのではないか。正確なところはわからないが、これは経済成長が良しとされた社会とリンクしている。文学者もアーティストもその周辺の人たちも「新しさ」に代わる、「新しさ」の次の概念がわからないまま今にいたっているんだが、表現すること、つくることにとって、いま求められているのは新しさではない。
 私はやっぱり、小島信夫に初めて出会うか、ろくに知らない人にはこの本に書かれた文章は、全体として古臭くてたいして面白くないと思う。それでも小島さんの語りは際立っている。
「私の「最終講義」」という副題がついた「小説とは何か」、これは長いんだが、始まりのニページ目から五ページ目だけでも繰り返し読む価値がある、というか、繰り返し読んで飽きないし、記憶しておくことがいくつも書いてある。
「何年も読んできた同じ作品ですが、金曜日の二時限めの授業にあわせて、前の日にノートをとりながら読みなおし、金曜日の朝読み続けたりして、国立からお茶の水までの電車の中で考え、それから、七号館の講師控室で三十分から一時間ぐらいのあいだ同じようなことをしました。それからぼくは不安な気分でベルが鳴る前にこの部屋にやってきて、あなた方と顔を合わせ、スピーカーの用意などしてベルが鳴るまで待ちました。」
 私はここを読んでじんわり、感動というには大袈裟な、感動などと簡単に通用する言葉では通じない、独特の気持ちになった。今はみんな簡単に大袈裟な言葉を使うけれど、それらは一見みんなに伝わるように見えはするが、実際は何も伝わらない、まして何も共有されない。小島さんは、この本を通して、この、簡単には共有できない気持ちのことを考えているとも言える。
 この引用部分を書き写していたら私は行を間違えて元に戻って同じ箇所をなぞっているんじゃないかと二度思った。もう二回くらい、うっすらそういう気持ちになった。つまり書き言葉としては不要な繰り返しがあるということなのだろうが、文章は明晰に一度記述されれば伝わるというものではない。
 文章に書くこと、語ること、というのは、内面にある形のない、思い・記憶・知識……メロディのようなもの……リズムのようなもの……それらに、そのつど形を与えるべく、語順もそのつどいじっては、意味を作り出すという、じつはひじょうに困難な作業でなのであるーーと、そういうことが失語症について書かれた本に書いてあり、その水面下の難事業と如何に折り合いをつけるか? そこであえて難事業などせず今さらあらためて読む価値のないことをスラスラ書いたり喋ったりするのが社会生活を営むことで、この難事業と押し合いへし合いするのが、小説家や詩人なんだと思った。
 詩人が言葉の生成と格闘しているのは誰でも認めるところだろうが、小説家もそれをしている。言葉それ自体はたんなる記号にすぎない、小説を書くということはその記号にすぎないものによって書かれた文章による人物が本当にどこかで生きているような気持ちを読者に抱かせる。ここに書き写した文章は、まさにそういうものだ。
 前日は小説家として家で文字で何かをあらわそうと内面に浮かぶイメージ的なものと押し合いへし合いしていた人が、金曜日には切り替えて喋り言葉で押し合いへし合いしなければならない、その孤独や不安ーー教壇にいる教師が学生に向かって不安を見せることへの無理解・冷笑に対する不安、という風に気持ちは何重にも折り畳まれている…………
 そのあとに、「ぼくはノートをとっているといっても、それは脈絡がつきすぎていて、ぼくが語りはじめると、ぼくのノートそのものの方が読みちがえしているように見えてくる」と言っているのは、何かを考えるということの全体が失語症的な水面下の難事業なんだから、脈絡はそんなに簡単についていてはおかしい。
 このように、脈絡が、つきすぎることを明確に否定したのは、小島信夫が初めてではないか? 小島信夫に親しんでいる人ならここは当たり前とも言えるだろうが、そうでないほとんどの人は、脈絡を頼りにしないでいったい何を頼りに考えればいいんだと思うだろう。それに対して、次の段落で一つの解答が書いてある、
「人間の頭というものは、語るつもりで読むせいか、つまり、選び出す操作があるために、当然、読み落とされてしまう」。
 これは「選考委員は選考委員になって読んでしまうんですよ」の説明にもなっている。人は世界を(もっと素朴に、眼前にあるものを)そのまま受け止めることはできない。いつも何かのフィルターを使って自分の理解可能なものに変形させる。あるいは、一度に全方向から見ることはできないから限定された視野で見ることしかできない。もっと卑小な場合、自分の語彙の範囲でしかそれを語れない(なのに、それですべてを語れたと思う人さえいる)。
 それをどうにかする方法はあるのか?
「ぼくは出来れば主人公となって、つぶやいたり歩いたり、のぞいたり、上の空であったりするところを、マネしてみたいと思いました。そういう主人公や、その周囲の風物や人物たちから、逆にそういうものをそういうふうに書く作者とはどういう人であるか、を問いつめる恰好をし、作者が背中を向けたり、頭をかいたりするところを、ちょっと示した恰好をしてみたいと思おうとしました。」
 小説に人間が登場して、その人間が現実の人間と同じように、あれこれ無駄と思われることをしているのを小説が書くのは、そういう書き方をすることが、脈絡などという狭いものを超えて、多要素かつ多方面に広がる複雑なことが言えるからだ。
「その仕草は何を意味するか?」と、問いたい人が大半だろうが、問うたところで答えは部分でしかない。その仕草を媒介にして、その人物になって、その人物として考えることで広がる。そうでしか広がらないことがある。小説とはそういう思考の形式だ。

 最後に収録されている対談は私とのものだ。これはもともと拙著『小説の自由』の出版イベントのトークで、トータルは二時間に及んだ。「考える人」に掲載するためにこの量に切り詰めたわけだが、実際に話された小島信夫さんの語りが記憶に生々しい時点で読んだゲラは私はつまらなくて、掲載したくなかったが、小島さんはいいと言うので私もいいことにした。なので、私は掲載されたものは読んでなかったが、今回読むとこれはこれで面白い。
 実際の小島さんの話は、文字になったこの対談では幻滅するほど面白かった。これが二〇〇五年七月のトークで、「カフカをめぐって」は、これより二十二年前に公民館で開かれた講演だ。いままで一部の人しか読めなかったこの話が、今回多くの人に読まれるようになったことが私は心から嬉しい。