群像5月号『鉄の胡蝶…』57回目その4
p.464 私はこの芝居を作者・山本伊等(かれら)が意図したような厳密さを離れて気楽に、あるいは緩く観ることができたことを幸運と感じている、初演・上演・公演を生でそこに居合わせたことは特別なのだ、生で居合わせたからいちいち言語化しなくてもいい、それなのに私はいま言語化しているのか、していない、私は周辺のことしか言ってない、この芝居には上演を観なければ戯曲だけではわからないことがあって、「エレベーターから出てくる」という卜書きを読んだとき、どういう演出をするんだろうと思ったらそのとおり、アゴラ劇場は舞台にする空間の斜め奥にエレベーターがあるから卜書きの指示どおり役者はエレベーターから出てきた、そして、「上からものを言わないでいただきたい」という台詞では、舞台から役者が見上げると舞台を取り囲む、二階席にもなるまわり廊下のようなキャットウォークのようなところがあって、役者が見上げて「上からものを言わないでいただきたい」と言った視線の先はそこになっていて、そこからもう一方の役者が文字どおり上からものを言っていた、この比喩と即物の圧縮がいい、これは少し深読みすると、歴史的事件の現場で起きたことに対するコメント、現場で言われた言葉は案外即物のそのままの発言なのに歳月が経って現場が忘れられると即物の言葉が比喩と解釈されたり思弁的な言葉に解釈されたりする。